――――― NBSAネット・ニュース 2004年12月号 ―――――

 

  ネパールの視覚障害者を支える会

Nepal Blind Support Association (NBSA)

 

12月3日は国際障害者デー

NBSAは設立以来 国際障害者の日に様々なイベントを開催してきました  おととしは街頭デモで カトマンドゥ市民向けに 目の不自由な人とのファーストコンタクトと題したビラを7000枚配りました  昨年はトレッキング予選と 弁論大会で斬新なイベントと大好評  今年は12月5日に平和コンサートを開催しました

平和とはなんだろう そして平和でない状態とはなんだろう

兄弟 同胞が殺されていても 他人を愛し 諍いを起こさず 人を慈しみ 助け合いの精神を心の中に描いてみよ

という内容の詩をネパールの独特な節回しと 抑揚をつけて朗読します ほぼ唄のような感じで 正直言って言葉をつかむのが精一杯 内容を簡単なネパール語で翻訳してもらいました  始めの詩はソロで 2番目からゴビンダ・アチャルヤ先生の詩の朗読に ネパール在住の音楽家 西村愛志(めぐし)氏の胡弓の伴奏がゆるやかに流れます NBSAのコンサートは初めてですが 思い切った企画です  舞台に登場するのは3人だけ アチャルヤ先生 西村氏 それにナレーターと司会のオム・プラカスです ネパールでこのようなコンサートがうけるだろうか  ふたを開けるまで不安でした ネパールの音楽は民謡調かインド系のポップスが主流です そして楽器の音だけを聞くより ダンスができるような曲目が多いので 当然パーカッションが入ります  純粋に音楽を聴くより その場の雰囲気を盛り上げるような感じが多いので 一度目の不自由な人に弦楽器の繊細さや肉声のもつ 力強さや柔らかさを味わってほしいものだ と考えていました 日本ではピアノコンサート バイオリンコンサートなど目新しいものではないのですが ネパールではほとんどないようです そして胡弓はマイクなしの生の音です よほど静粛にしていないと 音を聞き逃します 事前に遅刻厳禁 途中からの入場お断りと約束しておいたのですが 通例のように40分遅れて開演 しかしこちらの意図が伝わったのと 西村氏の演奏が素晴らしかったせいか 会場は水を打ったように静まりました 一部は西村氏のソロ演奏 曲目は中国の曲 クラシック ポップス オリジナル作品と多彩 胡弓の他に西村氏自ら弾いたピアノの伴奏が テープレコーダーから流れます あれは何の音 心地よい音ね ピアノの音が大好きだけど なかなか聴く機会がなくて など好評  まったく初めての経験  心が本当に平静になった  時には神経を集中することも我々は必要だ  1時間数分という短いコンサートだったが これこそネパールの視覚障害者障害者が聞きたかったコンサートだ などなど感銘を受けた方が多かったようです 

またこの日は国際ボランティアデーでもあり これまでNBSAのイベントでボランティアをして下さった方々をステージに呼び ひとりひとりに小さな薔薇の花束を渡しました ボランティアの皆さん 晴れがましくそしてちょっと照れた表情でした

実はこの贈呈式に名前を入れた感謝状も渡そうと用意していましたが スタッフが意義を申し立てました いつも物静かなオム君です ネパールのボランティアは こちらがお願いしてやっとガイドをしてくれるだけだ 毎日僕たちを送迎してくれるボランティアなど ネパールにはいない あなたの国とは違うのです 彼らの名誉をたたえるのはまだ早い 今回は花束だけにしましょう ということになりました  オム君の意外な指摘に一同声もなかった ネパールのボランティア不足の厳しい一面と オム君の日ごろの苦労がうかがえました  その代わりと言ってはなんですが 前日アチャルヤ先生がアピールとして ボランティアへのお願いを述べ スタッフが書き写し 印刷して翌日ボランティア以外にも街頭で配ってくれました  ささやかな内輪だけのコンサートのつもりでしが 当日の夜2度地元のFMラジオで コンサートの模様が報道されました

ゴビンダ アチャルヤ先生は おそらくネパールでただ一人の全盲のキャンパス教授で 国文学を教えています  また先生は俳句にも造詣が深く ネパール語で五七五の俳句を作り 詩の大会などで披露しています

報告:渥美よりこ カトマンドゥ

夢のような贈り物が到着 

JICAの世界の笑顔のために 輸送プログラムの寄贈品がネパールに到着しました 特にすごいのはカセットテープの大型ダビング機器です 各4リールを2台 それを接続すると8本のテープが数分でダビングできます これまでネパールには1台しかダビング器がなく かなり遠いところまで出かけて行って ダビングをお願いしていました まさに1日がかりの大仕事 それがカトマンドゥ市内で簡単にダビングができるようになるのです  むろんネパールでもダビング機器はありますが すべて輸入品で商業ミュージックテープのコピー用です 大変な高嶺の華 他に拡大読書器 ルーペ 白内障を患っている方への特殊サングラス等 ご寄贈された方々大変ありがとうございました 近日中に贈呈式を行います

また ネット・ニュース11月号で ウォークマンの寄贈をお願いしたところ 東京都の村山氏がさっそく申し出てくださいました 本当にありがとうございました

岩手発海外個人ボランティア

ネパールには様々な日本のボランティア団体があります 学校支援 森林保全村落開発 ヒマラヤに登ってゴミを拾う会など  教育支援の対象に障害児をサポートしている団体もありますが NBSAは障害の中で最も大変な視力を失った人々の援助をする ネパールでは珍しい存在です 色々な援助団体がある中 団体に所属せずひとりで7年間もくもくと海外支援を続けている方がいます  松田陽二さん  岩手県でメガネ会社を営み 得意の分野で毎年ボランティアをされています  強力な助人はボランティア志願社員と ネパール人のボランティアチーム 社員の渡航費なども すごいものと想像します  まさに人生を投げ打っての全力投球型ボランティアでしょう  2002年NBSA設立講演キャラバンを行ったとき 岩手県で大変お世話になり 講演をすべて企画してくださりました  NBSAは視力を失われてしまった人々を中心に援助をしていますが 視力の低下を未然に防ぎ なるべく不自由のない人生を送ってほしい気持ちは同じ  松田さんのメガネボランティアを 影ながら応援しています  岩手県のボランティア松田さん がんばってください  

以下は松田陽二氏による ネパールとの出会いと活動をご紹介いたします

メガネ屋の社長である私が ネパール王国を訪れたのは1992年の個人旅行でした  自分自身忘れていた昔懐かしいのんびりとした時間の流れと 人の優しさに接し感動を覚え 心に深く残りました  その人々とのふれあいを求め それ以降何度もネパールを訪れました  しかし心の豊かさに反し 経済的に恵まれない農村の貧困の惨状を 目の当たりにし何かをしなければ という思いに駆られたのがきっかけで 自分の職業を活かして メガネに関わるボランティアを行うに至りました  初めてボランティア活動をした村は 電気もなく発電機を持参での活動  その村の子供達が素足でグランドを走り廻っていた光景が目に妬き付き ボランティア活動をすること7年 今年で7回目になりました  

 

さて 初めて訪れた時の出会いについて書きましょうか

ガイドブックに載っていた 現代美術館を探していて道に迷いました  道端に立っていた青年に英語で聞きました

エックスキューズミー アイ ロスト マイ ウエイ すみません 道に迷いました

ニホンノカタデスカ?と日本語で

えっどうして日本語を?

ワタシ ニホンゴガッコウ ノ ガクセイ デス と青年

道に迷ったと言うと ワタシ ガ アンナイ シマス と快い返事

 

現代美術館は彼も知らないようでしたが 道々人に聞きながらなんとかたどり着きました うーん残念  祝日で休館だったのです  しかし青年が警備員に交渉 せっかく日本から来たのだから とでも言ったのでしょう 警備員はなんと私のために開けて 電気も点けてくれたではありませんか  展示作品は私が想像していた ヒンドゥ教的伝統画ではなく 現代的抽象画で その絵はなんとも言えず素晴らしいものばかりでした  私は二重の喜びに鳥肌が立ちました

 

感動をいだきつつ美術館を出ると 青年は ワタシ ノ イエ ニ イキマスカ と尋ねた  行きます 行きますと私  カトマンドゥの中心へ歩いて30分 たどり着いた家は古いレンガ造りの汚い 失礼 4階建て 突然なのにお昼ごはんまでいただきました  次に紹介されたのは 日本語学校の日本人教師  学生さんと お茶を飲みに行きました  先生は私たちから離れた場所でお茶を飲んでいます 生の日本語に触れさせようとしていたのでしょう 私は6人の学生に日本の男女文化を易しい言葉で説明しました  男女交際 婚前交渉 ラブホテル などなど 学生たちは一心不乱に私の言葉に耳を傾けました 親や親族が結婚を決めるネパールでは その当時男女交際が存在しなかったのです だからあえて恋愛をテーマに選びました  その後みんなと住所交換をして分かれました 

私を最初から案内してくれたのは 後にNBSAの渥美さんも知るようになる ディワカル君だったのです  彼とは12年間ずっと付き合っています  そしてボランティア活動も一生懸命手伝ってくれています  

 

活動

株式会社 メガネの松田では 1998年から毎年 乾季の11月に メガネボランティアinネパールと題して 数名の社員スタッフとともに無医村地区を訪れ メガネの無償提供と眼科医療活動を行って 非常に喜ばれています 

 

1 ネパールに2週間滞在し 多くのネパール人ボランティアの協力を得て 無医村で500人から600人の視力検査をおこない メガネを必要とされる人々に無償提供します また眼科治療が必要な人々には ネパール人眼科医師に2日間の診察をお願いし、目薬やビタミン剤の無償提供も同時にします  

2 検眼機器およびメガネフレームは日本から持参します  メガネフレームは 岩手県民の皆様から使われなくなったメガネを寄付していただき レンズを外してクリーニングをし ネジ等の微調整を済ませ ネパールに持っていきます 無医村での検査終了後に首都のカトマンドゥに一度帰り 現地のメガネ屋さんにレンズの購入と 研削枠入れ加工の依頼をします  

3 1週間後に出来上ったメガネを村に持参し ひとりひとりにメガネの掛け具合を調整して引き渡します

4 この活動に併せて 村の小学生数百人に 岩手県民の皆さんから寄せられた数千本の鉛筆 ボールペンを寄付するとともに カマンドゥの薬問屋で購入した虫下し 解熱剤 下痢止め消毒薬などを学校保健薬として小学校に寄付します  ボランティア活動の場所はその村の小学校を借りて行います 

 

ネパールは山国で 強い紫外線や貧困から来る栄養不足と 不衛生 また室内で煮炊きに使う薪の煙で結膜炎 トラコーマ 白内障などの目の障害発生率が高く 早期の老眼発生や乱視が比較的多いのが現状です  費用の話をすると 日本人スタッフの旅費宿泊費のほか 現地の活動費の バスのチャーター 眼科医師・看護婦謝礼 眼科用点眼薬 飲み薬 メガネレンズ購入 加工 ボランティアの昼食代などがかかります いつも心残りなのは 日数と時間の関係で 検査を希望する方全員の検査が出来ずに 帰国しなければならないこと 全員が残念で後ろ髪を引かれる思いで 帰途につきます  今年2004年からカトマンドゥ市内の孤児院の運営協力をしていきます  運営資金と使用済衣類の提供と子供達との交流です 今年は58,800ルピー約9万円 冬物の使用済衣類30kgを寄付してきました そして日本とネパールの交流会で 竹とんぼや一銭店のくじ引きをしました。

*********************************************************

NBSAネット・ニュース  文責 カトマンドゥ駐在員 渥美よりこ

NBSA
ホームページ:http://at.sakura.ne.jp/~ilte/nbsa/