―――  NBSAネットニュース 2006年3月号 ――――

ネパールの視覚障害者を支える会(NBSA)の会員 支援者の皆様

日本は寒くなったり 暖かくなったり大変なようですが こちらもなかなか大変になりました   このところ大変が続いているネパールですが 今度は水がないのです  飲料水はもとより日常で使う水も不足しています  私の家には大きなタンクがあるので これに水をためてポンプで上に揚げていますが ときにはモーターの電力がないので 水が上に揚がらない  水道を引いていない家庭は 公共の水場まで水を汲みに行きます  この季節になると 水場にはいつくるか分からない水を待って 専用の銅でできた壺 ポリタンクやコーラのペットボトルがずらりと並びます  常日頃から毎日お風呂に入らない人々が多いのですから この季節は本当に 公共バスなどに乗ると ムムムーと言った感じです  気温の方は日本よりずっと暖かく もうすっかり春ですが ヒマラヤの雪解け水はまだカトマンドゥには届かないようです  

次に困ったことは1週間35時間の停電です つまり毎日5時間は停電ですね  午前と午後には必ず停電があるので 朝出勤するとオフィースがどんよりと暗くて不気味です  さらにいやな時間帯は 午後9時から2時間半の停電の日  ということはもう9時で寝ろ ということになるのです  コンピューターは無論ストップ  音の出るものがないのはさびしいもので 最近は電池式のトランジスターラジオを聞くようになりました  停電と水不足がどう関係あるの と不思議に思われるかもしれませんが 答えは簡単 ネパールには水力発電しかないからです  
ネパールに来ると水1滴1滴の重さが感じられるという声を 旅行者からよく耳にします  本来 降水量は世界的にも豊富な国です 早く改善されるといいですね

 こんなに水不足でもしっかり行う 恐怖のホーリー 水かけ祭り


ホーリーとは 冬が終った季節に行われるお祭りです  もともとヒンドゥー教の年中行事のひとつで 悪の女神が死んだのを祝う宗教的儀式だったそうです  本場はもちろんインドです  あちらは水の代わりに赤など色とりどりの粉をかけるので 本当は粉かけ祭りといったほうが正しいでしょう  ネパールは水をかけ合います  200年ほど前から王族や貴族が宮廷で水をかけ合って遊んでいたのですが 1990年の民主化以降 ネパールのかなりの地方でこれも開放されたように 庶民も遊ぶようになりました

バケツやホースで水を掛け合ったり 水風船を屋上から落としたり 水鉄砲を使ったりしますが まずいことに水に色をつけるのです  髪も体も真っ赤になったり 青くなったり まるで鬼のような形相になるので恐怖  自宅の庭で家族が遊ぶ分にはよいのですが 往来の歩行者を待ち伏せして 不意打ちを食らわすなどのいたずら者が多いのです  若い人たちは徒党を組んで 水かけに走ります  大勢で女の人を囲んで ついでに少々エッチな真似をするので 成人した女性のほとんどは家に引きこもっています  この日被害を受けるのは 何も知らない 何も言い返せない外国人が多く ネパール人はマナーが悪い とかなり評判が悪い  私は一度参加したことがありますが 春先でカゼを引き カメラに水をかけられて以来 一日中家にこもることに決めていますが どうしても見たいという勇気のある方は レインコートを着るか 古着の着用を勧めます  

 立ち上がるネパールの目の不自由な人たち


2006
35日 ネパール盲人協会(NAB)所属の学生が中心となり カトマンドゥ市内で 政府を相手取り 視覚障害者の雇用要求デモ行進をしました デモ隊は手にろうそくを持って 従来のでもコースを進んでいましたが 最終地点からデモ禁止内に乱入したと見なされて 100人の視覚障害者が逮捕されました  ネパールの人権団体がデモへの武装警官の介在を強く非難し 逮捕者を直ちに無条件解放することを要求し 幸いにも逮捕者全員が即日釈放されましたが 数名は乱闘のあおりで激しく負傷し 病院に入院しました  
さらに翌日から3日間 抗議行動はますますエスカレートし 世間をあっと言わせました  ネパールの人々はもとより非暴力主義ですが このところ 政府の取締りがきつくなり 婦人団体のデモにもかなり強硬な手段で逮捕を行うなど 評判が落ちている矢先だったので 障がい者の逮捕は衝撃的で カトマンドゥ ポストは2日間 第一面に逮捕の様子を報道しました  彼らの政府への要求は 視覚障がい者の雇用の促進と 非就労者に対して月々2000ルピー(約3800円)の失業手当を要求しています

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うれしいニュースもあります


ネパールの障がい者に対して 政府は国内航空運賃を半額にすることを決定しました  他国でもなかなか例をみない思い切った政策に 多くの障がいを持った人々が狂喜しました  ネパール全国障がい者連盟の長きに亘った行政への申し入れの成果です  ネパールの交通網は本当に悪く 僻地にバスで行くと15時間くらいかかるのが普通です  目の不自由な人々はともかく 身体に障がいを持った人にとっては耐え難い苦痛でした  現在はネパール国営のロイヤルネパール航空国内線だけですが 民間航空も早々に同じような処置がとられることを 望みます

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ネパールの民話(3)
そしてイェティはいなくなった

むかしむかし ヒマラヤ地方のクンブーの山奥に イェティと呼ばれる雪男あるいは雪男のような人が たくさん住んでいたそうな  今日は村人にいたずらをして退治されたイェティのお話をしましょう

ある日 イェティはこっそりと 村人の仕事ぶりを見ていました  そして日が落ちると山を下って来て イェティは村人の仕事をまねしたつもりで 田畑や草を踏み荒らしてしいました  こうしてイェティは 村人の生活をすっかりまねた気になったのですが ひとつのことだけまねしませんでした  それは村人がイェティを恐れて 扉を閉めて隠れることだったのです  

ある日村人は どうやってイェティの乱暴をやめさせるかを思いつきました  チャンという焼酎や ビール それに木で作った剣をイェティがよく見えるところに置きました  そして村人はそれを飲んで酔っぱらって にせものの剣で戦っているふりをしました  村人はこうした芝居を イェティがちゃんと見ていることを確かめて そっと家に帰りました。

日が暮れると数人の村人は急いで同じ場所に戻り さっきのよりもっと強い焼酎を壺につぎ足し 木で作った剣を 鋭い本物の剣に取り替えました  そして村人は急いで家に戻り窓や扉を閉め しっかりかんぬきを掛けました  

いつもの時間 いつものように イェティはウキウキと山から下りてきました  イェティたちは始め焼酎を味見してから 後はどんどん飲みだし みんなあっという間に酔っ払ってしまいました  それから村人をまねてイェティ全員が本物の剣を手に取って争い始めました  そして夜明け前にはイェティ全員互いに殺しあって ひとり残らず死んでしまいました  
こうして いたずらなイェティがいなくなったので 村人は平和に暮らしましたとさ 


現地活動報告


今月は取り立てて大きなイベントなどせずに カセットテープ・ライフラリー 小説の音読と点字ニュースの発行というNBSAの定例活動に専念しました。

○NBSA
事務局から 総会と講演会のお知らせ

NBSA
2006年度総会を 平成18年4月15日(土曜)午後1時より、かごしま市民福祉プラザ ボランティアセンター 4階活動室(鹿児島山下町151号)で開催します。
(先に会報14号でお知らせしました横浜での開催を都合により、変更しました)
議題は・2005年度事業報告と決算報告、・2006年度事業計画と予算案、・役員改選(2006-07年度役員人事)、・その他 です。
 総会に引き続いて、同所において午後2時から講演会をNBSA主催で開催いたします(3時半終了)。
講師はNBSA役員(カトマンドゥ駐在)の渥美資子です。
講演内容は ・NBSA現地活動報告、・JICAシニアボランティアとして3年間ネパールの社協に勤務して、・ネパールの視覚障がい者の現状 です。

編集者から休刊のお知らせ:4月は総会のため一時帰国しますので NBSAネットニュースの4月号と5月号は休刊とさせていただきます

編集と文責 渥美よりこ カトマンドゥ在住


本会の活動などを載せた NBSAホームページ:http://at.sakura.ne.jp/~ilte/nbsa/ は最新版の会報誌も掲載しています  ぜひご覧ください
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