――― NBSAネットニュース 2011年1月号 ―――
ネパールの視覚障害者を支える会(NBSA)の会員 支援者の皆様  

明けましておめでとうございます  一晩寝れば暦が変わるだけとよく言われますが NBSAカトマンドゥ事務所もまったくその通りでした  うーん なんとも味気ない 今年2011年の元旦は土曜日にあたり 私自身は不本意でしたが 西暦の新年を祝わない人が大多数なのでいやいやながらも事務所を開けました  まさに開けましておめでとう  スタッフの人たちはハッピーニューイヤーを連発していましたが それはただの英語の挨拶  おはようやおやすみなさいと同じ感覚なんです  ほとんどのネパール国民が通常使用する暦は おおむね4月から始まるビクラム暦  またネワール民族の場合は秋のティハール祭と正月を併用し タマンやシェルパ族は中国の旧正月に類似しています  うーん 複雑 でも休みが多くていいな  
ネパールの視覚障がい者を支える会は 日本の方々から援助を受けて活動するネパールの団体です  やはり元旦には皆様のご多幸をお祈りさせていただきました  昨年は低迷する経済の中 スタディーツァを行ったり 様々な方々にフェアトレード商品を購入していただくなど 様々なご支援を賜り順調に活動ができました  本年度も頑張ります よろしくお願いします  
ネパールの視覚障がい者を支える会 会長 渥美資子 ネパール在住

現地活動報告  きれいになりたい あなたのために
12月はなぜか行事の多い月  先月号でお伝えしたように 3日の国際障がい者の日 5日の国際ボランティアの日 次に25日には視力に障がいのある女性の為のメイクアップとサリーの着付け教室を事務所で行いました  参加者がすごく多く 狭い事務所の中は若い女性の熱気でいっぱい  ボランティアも負けじと張り切っていました  男性ボランティア2名はもっぱら給仕役 イベントの最後に出す軽食とお茶の担当  なにぶんにも女性ばかりなので 講習の間は恥ずかしそうに影に隠れていました  初めに日本人ボランティア数名による折り紙講座  小さな箱を折り テーブル上のゴミなどをこの箱に入れるとお行儀いい感じ  それに細かいものを仕分けして入れるにも便利ですね  大変お世話になりました  

引き続きメイクアップコース  インストラクターは当事務所でいつも本を朗読してくれるサビナさん  彼女がNBSAでボランティアを始めて3年になります  朗読のみならず 誘導など様々なキャリアを持つ学生さん  この日は基礎化粧を担当  「皆さん どんなに寒い夜でも必ず顔を洗って一日の汚れを落としてから寝てください」と言う言葉から始まりました  なかなか気合が入っていますね  それから顔のマッサージ ファンデーションがなくともコールドクリーム類を顔全体によくのばしてパフでおしろいをはたきます  なるほど 下地化粧品など学生さんには買えないのでよいアイディア  口紅などをつけた後最後にネパール人女性がよく使う目張りを入れるのですが これがかなり難しく何度も失敗  次はインドやネパールの公式な装いサリーの着付け  これは私にはまったく手が出ないので黙って見ていましたが参加者は嬉しくたまらない様子でした  
さて これはNBSA主催の講座なので 女性の役員に開会のスピーチをお願いしていましたがドタキャンで大慌てしました  ちょうど奥様がこの講座に参加していた男性の役員がいたので 彼に急遽開会の挨拶をお願いしました  本人はものすごく嫌がっていましたが かなり上手に乗り切りました  
「女性の皆さん 身だしなみとはどんな意味を持つと思いますか? 相手に好感を持ってもらうことはとても大切なことなのです  我々男性は就職を探すときなどまず シワがまったくよっていない真っ白いYシャツにネクタイ姿で出かけます  ウワー この人は目が見える人よりスマートだ と言われたりすると自信も沸いてくるものです 女性のみなさんならなおさらでしょう 綺麗ねーと言われたいでしょう  今日から皆さんはNBSAの講習を元に 綺麗だと言われるように努力しましょう」と明るく締めくくりました  うーん さすがNBSAの役員ですね  

点字の情報誌タッチ
12月中旬に発送完了  長い間点字プリンターの故障で読者には大変迷惑をかけました  今のところ順調に機械が動いています  1月早々23号の編集に着手しています  ネパール唯一のネパール語点字の情報誌ですが 残念ながら地方に送っても届かない場合があります  ひとえに郵便局員の怠慢で配達さえないからです  一生懸命に記事を集めて発送してるのに残念でたまりません  このあたりがネパールがいつまでも途上国に留まっている所以なのでしょう  

おかげさまで快適な作業環境になりました
昨年 念願だったインバーターを事務所に導入しました  これは簡単に言ってしまえば蓄電池  現在1日8時間の計画停電が実施されています これまで停電の間はトーキングブックを作成していただいている音読ボランティアに 電気が来るのを何時間も待っていただいたりしたものですが インバーターの威力で途切れることなく音読や編集に従事していただけるようになりました  もちろん点字情報誌の編集と印刷も可能です  残念ならがボランティアさんが減る傾向にありますが 仕事をしやすい環境であれば また復活してくれるかもしれません  インバーターを持たない一般家庭の人々には恐縮ですが 当地のNBSAにとっては大助かり  会員や支援者の方々のおかげと感謝しております  このインバーターは事務所専用に使っているので これまでのようにネットニュースの読者の方々への返信が遅れることがあります  申し訳ありませんがご理解ください  

ネパール関連ニュース 2010年を振り返って
混乱を極めたネパールの政界 2011年は首相不在のまま新年を迎えました

3月 政治君主制の立役者 2010年3月20日ネパール コイララ首相が死去
翌21日を休日にすると共に3日間の半旗 葬儀は21日国葬の待遇を持って挙行された  1950年代から兄BPコイララと共にネパールに一般選挙制の導入の活動を展開  幾度も投獄されながらも政治の民主化の基礎を築いた立役者のひとりであった  

5月 不発に終わったマオイスト派のメーデー&5日間ゼネスト
金を大量にばら撒き 地方から党員やシンパを動員  首都カトマンドゥの市民から闘争費と宿泊場を強制的に提供させ この間すべての車両はストップ  これでは職場にも行けないと反感をかい一週間ゼネストを5日目に解除した  

6月 マオイスト派よる5月ゼネストの収支策として挙げられていた マダブ ネパール首相の辞任が 当月30日になっていきなり行われた  と言うわけで通常7月の会計年度が3ヶ月以上遅れた  

11月 マオ派分裂か 1週間にわたりマオイスト派の党大会開催
大国インドのマオイスト派との調整を巡り マオイスト党内で3つの派閥化が顕著になった  皆さん武器を隠し持っているそうで荒れると怖いし 大国インドを敵に回すとかなりやっかいになりそう

経済 対インド輸出が大幅に減少 遅ればせながら経済危機の影響が顕著化した 食用油 ガス 野菜 米価60%以上値上がり 庶民は食うに困る状況が続いている  

世相 誘拐事件多発  昨年度はかなり悪質な子どもの誘拐が多発した  特に南部ネパールに多く 犯人はインド人ギャングのせいにしているが 政治がらみとの見解もあり子どもがかわいそう  

音楽 ベストミュージック大賞に選ばれたのがアショタ パンタさんのラブソング 歌唱力あり文句なしの一等賞

映画 ベストムービー 今年はずばり無し  景気の低迷からお金のかかる映画は一切作れず インターネットカフェなどのレンタルCD屋のインドムービーはヒット  

スポーツ ネパール勢アジア競技大会で活躍
ボクシング 銅メダル 女子サッカー 2位 サッカーと大躍進 がんばれネパール 今後の成長が楽しみですね  

ギネスブック 世界1最小の男 18歳の誕生日を迎えギネス認定 10月15日
ネパール中部ポカラでのビナヤ グルアチャリさんが 世界で最も身長が低い男としてギネス世界記録に正式に認められた  ネパールではなぜか新聞のトップ記事になった  

破廉恥 乱暴者のパラス元皇太子逮捕される
南部チトワンにあるリゾート地で家族で静養していたスジャタ コイララ外務大臣兼副首相娘婿に対し同じく滞在していたパラス前皇太子が口論から空に向かって発砲した  理由は明らかではないが警察は前皇太子を拘束したが 4日後1万ルピーの罰金で釈放した  (どうせなら1億ルピーにすればよかったのに  旧王族の資産はどのくらいなのでしょうね)

コミュニケーション 携帯利用者100万人突破 山国ネパールでの必需品になりつつある ついでに村落の太陽電気開発も夢ではない!がんばれネパール

以上でした  2011年は明るい年になるよう祈りましょう  

新企画 今月からネパールの民話に替わり ネワール民族の詩を掲載します
遠い声  ドルガ ラール シュレスタ選詩集 翻訳は藤井正子氏

詩の時代背景
激動の歴史とネワール文学

15世紀 マッラ王朝時代  この時代がまさにネワール語とネワール文学の全盛期だったと言えます  ネワール文化の華やかなこの時代に王族達はこぞって詩歌や演劇に力を入れ ネワール文学の発展に大きな役割を果たしました  

しかし 1768年シャー王家が権力の座についてから カトマンドゥ盆地の政治状況は一変  シャハー王家はそれまで分立共存していた各地域の支配者達を制圧し 強力な統一国家づくりに向けて激しい内戦を繰り広げました  政治のみならず言語においても マッラ王朝のもとで花開いたネワール語はシャー王家の出身民族の言語に取って替わられ 以後衰退の一途を辿ることとなります  さらにその後1846年からラナ独裁政権が台頭すると ネパールの国は鎖国体制のもと暗黒の時代を迎えます  社会生活のすべてが冷酷な搾取と抑圧に覆い尽くされていく中で ネワールの文学的活動は地下へと追い込まれていきました  

1950年から51年にかけて 長く続いたラナ独裁政権打倒を叫ぶ大規模な反乱が全国規模で起こり ついにラナ家は政権の座から追われました  自由の新しい波は一気に広がり この革命的変化のうねりに乗ってネワール文学においても個性的な新進作家が続々と登場  スタイルにおいても内容においても これまでにない独自の作品が生まれてネワール文学に第二のルネッサンスをもたらしたのです  

文学運動と民主主義をめざす民衆の社会運動は一体のものとして進められ 若手の詩人や作家達はある意味ではこの運動の最前線を担っていました  彼等の自由を求める力強い合唱の中でもひときわよく響く声 それがドルガ ラール シュレスタだったと 当時を知る人々は回想しています  

しかし 民衆の自由への夢は再び裏切られます  その後も権力抗争が繰り返され 不安定な政情が続きました  国民の生活が窮乏し   それが新たな反政府運動に発展して 1989年には市民を巻き込んだ大衆決起に至ったのです  最終的には1990年 民主憲法を勝ち取り議会制民主主義がスタートしたのでしたが 10年にも及ぶこの苦しい戦いの中で多数の犠牲者を出したことは   人々の心に深い傷跡を残すこととなりました  

今世紀に入ってからは政府とマオイスト ネパール共産主義勢力の攻防が表面化し 国民の間に不安広がりつつありましたが まさにそんな時期に人心を震撼させる大事件が起こったのです  2001年6月   世界を驚かせたネパール国王一家殺害事件は 様々な憶測のなか真相は闇の中で 国民は複雑な思いのまま口を閉ざしています  ドルガ ラール シュレスタはこのニュースを聞いた瞬間   その衝撃をこう表現しています  

この時
あれほどにも偉大で輝かしい王の栄光が
目に見えぬほどの小さな針の穴に
一瞬にして滑り込んでしまった

信じられないその現実を
私はこの眼で見てしまったのだ

浪漫詩人である彼はまた この半世紀に及ぶネパールの激動の歴史と民衆の声なき声を代弁する「時代の語り部」でもあります  

かつてこの国の文化の中心を担ったネワール文学において 彼はその最後の砦を今なお堅持しています  彼の作品が人々の心の奥深く生き続ける限り  ネワール語とその根底にある民族の魂も失われることはないでしょう  
藤井 正子

以下 ドルガ ラール シュレスタ選詩集 遠い声 より2編

二滴の雫

君は一滴の雫 僕はもう一滴の雫
蓮の葉の上から 干からびた大地へ
まろびつつ 落ちていく

とどまることなく 一筋の線へと
合流していく二つの雫
それは君が望んでいること
そして僕の願いでもある

近づいていこう お互いの方へ
もし出会ってひとつになれなかったら
それも運命 あきらめるまでだ

干上がろうが かまいはしない
僕らはその場で一体となるのだ
ここではなく
それだけのことだ  

1956年

挑戦
どれほど高く見えようと
山の頂はきっとある
黒雲が覆い隠していようと
それにも勝る明るい光が
空の上に満ちあふれているのだ

青ざめた月の意志に杭いつつ
空にきらめく星たちのように
彼等が封じ込めようとすればするほど
彼等の声は一段と高くなる

苦闘は強さを 罠は素早さを
暗殺は命への執着 我らに与える
それ故に我らの歩みは
人間の進歩の歴史を書き続けるのだ

お前たちの強さは人を癒すためでなく
傷つけるためにつちかわれる
そんなお前たちに
我らの創造の輝きを曇らせることなど
絶対にできはしない

我らが創り そして歌う歌が無ければ
何が我らの存在を示し得ようか
そしてまさにこれこそが
我らの声に強さと自由を与えるのだ

大切なのは我らのネパール
さまざまな花が咲き誇る国
決して ひとつの花しか咲かない
無限の暗闇の国ではない

1963年

事務局便り
明けましておめでとうございます  謹んで新春のお喜びを申し上げます  
会員の皆様におかれましては健やかに素晴らしい新年をお迎えのことと存じ上げます  昨年を振り返りますと 長引く景気の低迷 見通しの付かない政治の混迷 そして緊迫する朝鮮半島情勢と 正に厳しく激動の年だったように思われます  そうした中で NBSAの活動には明るい兆しも感じられます  その一つは 渥美さんのご努力と現地役員の意識改革によって 現地の活動が周囲の人々を巻き込んで 次第に自立の方向に向かいつつあるように感じることです  もう一つは事務局が千葉に移ってから 初めての試みとしてスタディツアーが実施されたことです  最初ともあって 宣伝不足のためか 参加者の少なかったことが悔やまれますが 日本の支援者と現地の当事者の差し渡しに繋がる可能性を秘めた 将来への夢を予感させる重要な企画と考えています  今年こそ皆で応援して 是非 このスタディツアーを成功させようではありませんか  新年に当たり 皆様のご多幸とNBSAの益々の充実を祈念します  

NBSA日本の事務局
〒284
0005 
千葉県四街道市四街道1−9−3
視覚障がい者総合支援センターちば内 NBSA
電話 043−424−2501

NBSAネットニュース 編集と文責 渥美よりこ カトマンドゥ在住
2011年1月14日
NBSA: http://nbsa.sakura.ne.jp/ 

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